〔仮説社PublicRelations〕No.217

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〔仮説社PublicRelations〕No.217
2015年12月28日
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★目次★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

『たのしい授業』11月号の反響
 「編集委員のおたより」を中心に(後編)

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『たのしい授業』について,毎月,主に編集委員からですが,たく
さんの感想をいただいています。でも,『たのしい授業』の「編集
委員会ニュース」欄で紹介できるのは,スペースのつごうで,ごく
ごく一部。そこで,このメールマガジンで,そのほとんどの部分を
ご紹介させていただいています。
 今回は,11月号の反響(後編)14人分のおたよりを紹介しま
す。かなり長文です。
 なお,「おたより」は原則として原文のままです。表記などは統
一していません。


◇◇◇ 2015年11月号「集団がいい?個人がいい?」 ◇◇◇


●長崎平和(東京・塾講師)
◆山路さんの文章。
 塾業界ではもっぱら〈個別指導〉が流行っています。それはどう
いうことかというと,「〈クラス授業〉よりも〈個別指導〉の方を
求めている保護者の方々が多い」ということです。
 塾の方でも,「この生徒さんは〈クラス授業〉がいいか〈個別指
導〉がいいか」を判断していますけど,たいていの場合,「〈クラ
ス授業〉についていけない人を〈個別指導〉にする」という感じで
す。つまり「〈クラス授業〉の方が〈個別指導〉よりも上位」とい
うことです。それは講師の対価にも表れています。たいていの塾で
は〈クラス授業〉担当の方が〈個別指導〉担当よりも時給が高いで
す。倍はいかなくとも1.5倍は差があるようです。
 ぼくはもっぱら〈クラス授業〉を担当してきたけど,今のバイト
先は(年齢制限で正規雇用はしてもらえてません),ほぼほぼ〈個
別指導〉で入ってます。
 〈クラス授業〉と〈個別指導〉どちらがいいのか。塾業界では
「授業についてこれる人=テストでの偏差値が高い人は〈クラス授
業〉,ついていけない=偏差値の低い人は〈個別指導〉」ってこと
になっているけど,ぼくは〈個別指導〉をやりながら,「これはク
ラスで仮説実験授業受けたら飛躍的に理解できちゃうのにな」って
思うことが何度もありました。
 なので,ぼくの中では「どっちがいいかはその内容によるだ
ろ」ってなってて,それを事前に確認してから山路さんの文章を読
んでみました。
 したら最後に「結局〈集団〉がいいのか,〈個人〉がいいのか,
という問題はそれ以前に,その内容が〈学ぶに値する教材なのかど
うか〉ということが問題なのではないかと思うようになりました」
と締めてあって,思わず夜中に「まったくそれな!」と叫んでしま
いました(^^;)。ホントそうなんですよ。
◆吉野さんの手書きページ。
 ミジンコの絵は6年前に一緒に塚本さんの授業を受けていたとき
に目の前で見て感動して即座に写メを撮りました。あの絵を中学生
に見せると,みんな自信を持って授業書に絵を描いてくれるように
なります。素晴らしいネタを提供してもらって,今でも感謝してい
ます(^^;)。
◆同じくグリーンページの佐藤さんの文章。
 共感しました。「好き嫌いで生徒をみている」って言葉,ぼくも
言われたことあります。生徒さんからではなく,上司に言われまし
た。その人によると,女の子の生徒さんのときと男の子の生徒さん
のときではぼくの態度が違っていたそうです。なるほど。そこをク
ビになって次の勤め先の塾ではそれをネタにしました(^^;)。男の子
の生徒さん(中3)から「ジョンはいつも女子の質問にはすぐに対
応するけど俺らの質問はたまにスルーするよね」と言われたとき,
ぼくは「そりゃァ当たり前でしょ。俺,女の子が好きだもん。悔し
かったら女になりな」と返したそうです(あまり記憶がない
(^^;))。したらそのセリフが彼にはウケたらしく,「ジョンは名言
がたくさんあるけど,ダントツ1位はあの〈悔しかったら女になり
な〉だなあ」と卒業記念の集まりのときに笑いながらしみじみ言わ
れました。

●須崎正美(埼玉,定時制高・理,講師)
◆山路敏英さんの「〈集団の授業〉か〈能力別・個別の授業〉か?」
 〈「集団」か「個別」か〉というのは,とても考えさせられた問
題でした。山路さんが言うように,その内容によって考えなくては
いけないということが分かりました。ただ,A先生のように,その
内容ではなくて,「その子の能力で〈集団〉ではなく,全て〈個
別〉で教えることがいいに決まっている」と考えている人が多いよ
うにも思います。
板倉聖宣さんの「私の研究史と発想法」
 板倉さんの〈科学教育に関することの研究〉を,これまで発表さ
れた書籍,論文などで読んできましたが,これほどまとまったもの
は初めてです。ですから,とても興味を持って,ワクワクしながら
読んでいます。次回も楽しみです。
◆淀井泉さんの「〈配膳式かるた〉というゲーム」
 〈配膳式かるた〉という名前は聞いたことはありましたが,実際
のゲームについては全く知りませんでした。とても画期的なものだ
と驚きました。このゲームは,従来のかるたのやり方を,多くの子
どもたちの楽しさに合わせて作り替えたものだと思います。こうい
うゲームがもっと広がるといいですね。

●岡田克己(神奈川・小,校長)
◆山路敏英「〈集団の授業〉か〈能力別・個別の授業〉か?」
 質問0で大学生が答えてくれた意見が,ほぼ世間の意見を代表し
ています。
 今どきの議論に私たちがどう向き合えばいいか,この資料を読ん
でよく分かりました。学ぶ内容が「学ぶに値する教材」で「子ども
たちが歓迎する授業」であることが決定的に大事,という結論に納
得です。山路式個別授業も,ほほえましく感じました。
◆淀井泉「〈配膳式かるた〉というゲーム」
 この記事ほど,「目からウロコ」という印象をもたらす記事は,
めったないでしょう。「取り合わないかるた」という,何たる自己
矛盾。でも,運が勝敗を決めるとか,安心して参加できるとか,賞
は無用なんて,画期的なところがすごいです。まさに,たのしいこ
との本質を表している記事でした。
◆竹田かずき「日本の人口は減るのか」
 グラフを使ってものを考えるお手本のような記事でした。「生ま
れてくる人が減る」と「死ぬ人が増える」の二つの観点から調べ,
それを総合することによって,高齢化の原因,今後の人口の動向な
ども見えてきて,とても興味深く読みました。結果をわかりやすく
表すだけでなく,未来を予測するという,グラフの魅力が十分伝わ
りました。
◆吉野由紀「天然物理生活」
 「物理が分かっていなかった」と,衝撃のカミングアウト。いい
ですねえ。楽しいですねえ。

●荒川康夫(埼玉・小学校)
◆長岡仁美さんの「150歳の先生を〇〇してあげます」
 長岡さんは,この先生商売が好きなようで,定年まであるいは定
年後も再任用で子どもたちとのたのしい授業がしたいのですね。子
育ても生徒さんたちに勧めて,150歳になったら100歳の生徒に介
護してもらえるなんてなんといい関係なんでしょう。この調子で続
けていってほしいと思います。
◆山路敏英さんの「〈集団の授業〉か?〈能力別・個別の授業〉
か?」
 このお話は一律に「どちらがいい」と言い切るのではなく,その
子にとって今はどんな授業が有効かを考えて選択すればいい,とい
うことを言っているのだと思います。ガルべス君はそのことを教え
てくれているのだと思うのですが。実際には1度始まったら能力別
の授業は1学期ぐらいは続くので,途中での授業の変更はなかなか
踏み込むのが難しいかもしれません。
◆伴野太一さんの「授業でつながる」
 まったく2年生のトコちゃんには驚かされました。型にはまるの
がきらいで自分の興味中心で生きている,人間関係作りもヘタだか
ら子どもたちの間でも心配です。こういう子っているんですよね。
それでも伴野さんは我慢をして,なんとか仮説実験授業に引き寄せ
ようと頑張ってみました。するとトコちゃんのいいところ,感心す
るところが見え始めました。やっぱり教師は授業でつながらないと
ね。
◆板倉聖宜さんの「私の研究史と発想法」
 この前の発想法の会に行けなかったので,とてもわくわくしなが
ら読みました。
 板倉さんの研究法が自分史と共に披露してもらえるとあって,ど
きどきですね。でもこの文章はまだ研究の歴史をダイジェストに発
表するところで終わっています。それでも当時の世相の様子や物理
系の学問界のことが自ら語っているので,とても興味深いものにな
りました。次回がたのしみです。
松木文秀さんの「矛盾だらけでも」
 伴野さんのところと負けず劣らずたいへんな子を抱えている松木
さんですね。
 矛盾を抱えている自分と照らし合わせての最後の部分──
「矛盾を感じていられること,だいちくんやゆうとくんを否定せず
にやっていけることが,今のところぼくの僕の最大の取り柄だと思
う。子どもと離れずやっていける,それを喜びとしてやっていけ
る,そんな先生でいることに幸せを感じている。できないことを気
にし過ぎるよりそう思えたことを喜んで進もうと,彼らを見ながら
思う」
と考えられることがとても素敵に思えました。

●岡本賢司(徳島・小学校)
◆「〈集団の授業〉か〈能力別・個別の授業〉か?」(山路敏英さ
ん)
 ガルベス君の姿,そして「通知表」に書かれたたどたどしい文字
に感動しました。きっと,それまでの学校生活のなかでは,「見捨
てられた」と感じることが多かったのでしょう。山路さんやクラス
の子どもたちのかかわりはもちろん,やはり仮説実験授業があると
いうのは,ものすごく大きなことだと感じました。
 〈「集団」か「個別」かという二元論の前に,授業のなかみこそ
がだいじだ〉という山路さんの締めくくりに,「そのとおりだ」と
思いました。でも,そう思えるのは,やはり内容のある授業「仮説
実験授業」という「学ぶに値する授業」の選択肢が身近にあるから
にちがいありません。
◆「矛盾だらけでも」(松木 文秀さん)
 同じ四国で,松木さんの話にはドキッとさせられることがよくあ
ります。いつも自分の姿をふりかえりながら,「どうしてそんなに
やさしくなれるのだろう」と思います。ボクは松木さんほど子ども
たちにやさしくはなれません。でも,「子どもと離れずにやってい
く」その姿から学び続けたいと思います。
◆「私の研究史と発想法」(板倉聖宣さん)
 板倉先生の体調を心配しながら読みました。「どうか無理をなさ
らないように」と願うばかりです。無理をしないと逆に調子がよく
ないのかもしれませんが…。続きをたのしみにしています。

●上澤篤司(東京・小学校)
◆伴野さん「授業でつながる」
 伴野さんの文章は自然体で温かいので好きです。
 読んでいると,延長線上に自分のクラスの子供のことが見えてく
る気がします。
 今回も「トコちゃん」の姿を肩の力を抜いて観察している様子,
リラックスして読めました。
「普段は見過ごしがちですが,こうして文章を書いていると私の大
好きな仮説実験授業を一緒に楽しんでくれる子供たちに『ありがと
う』という気持ちがわいてきます」
 この文章,いつまでも忘れないようにしたいと思いました。
 隠れて実験結果を見ているなんていいなあ,,トコちゃん!
◆長岡さん「150歳の先生を○○してあげます」
 2ページの資料でしたが,心に残りました。こうした,ちょっと
したエピソードが心に残ります。自分の目の前の子供たちのつぶや
きも,記録しておきたいなと思いました。
 ニヤニヤしている男の子に対する切り返しなども勉強になりました。
◆佐藤さん「かわいがる?応援する?」
 高瀬君の言葉にものすごく傷つき,必要以上に気にしてしまう気
持ち,よくよく分かりました。
 「あ〜自分もそんなことよくあるなぁ」とドキッとしました。
 ヒヤヒヤしながら読んだのですが,最後の「すごいじゃない!」
と叫んだ佐藤さんの言葉でとても救われた思いです。『その声はも
しかすると高瀬君の弾んだ声よりも大きかったかも知れません。』
というところ,思わず,赤線を引いてしまいました。「褒める」よ
りも「驚く」「喜ぶ」の方がずっと子供の心に響くことをよく感じ
ます。きっと,高瀬君もこの言葉を受け止めてくれたんじゃないか
なって思いました。
◆小沢さんや◆肥沼さんの書評も,とても興味深く読みました。
 こうして書いてくださると,一度読んだ「新人育成教員日記」を
もう一度読み直してみようと思いました。
 自分の気が付かなかった所,読み逃してしまっている所,たくさ
んありました。

●藤井幹二(大阪,小学校)
◆今月号で一番よかったのは,佐藤さんの記事。読んでいるうちに
何度ドキッとしたことだろう。
 学校で不適応を起こす子の気持ちがリアルに書かれていて,読み
ながらいろんなことを考えた。結局,どんな子であれ「大好き・応
援している」などが根底にあるのは間違いない。
 それを見事に実践された佐藤先生,いいなぁと純粋に思いました。
◆伴野さんの記事は,サークルでも話題になりました。本当に最近
はいろんな子がいるなぁと痛感する日々です。それでもやっぱり楽
しい授業が,大事なんだと再確認しました。
 僕のクラスの閉塞感を打破するのには,やっぱり楽しさだ。
 ただ今,学校の祭りの準備に追われる日々。6年生はお化け屋敷
が定番。しかし,今年は「部屋を明るくする」のが条件。子どもた
ちは怒り,文句を言いましたけど,日に日にいける感が満ちてきて
います。
 さあ,ドキドキしながらその日を迎えそうです。
 それにしても,お化け屋敷は僕は好きじゃない。でも,クラス子
たちにとって自信になったら嬉しいな。

●樋口みどり(広島・ヨガ講師)
◆山路さんの「〈集団の授業〉か〈能力別・個別の授業か?」
 山路さんが大切にされている“おしつけをしない”ということがよ
く現れていました。山路先生が感動して涙が出たとき,同じように
生徒さんも涙が出て,ホントあったかいクラスです。
 板倉先生の『科学と方法』の一部が引用されています。何度もか
見た文章ですがそれがとってもいいのです,それは,仮説実験授業
が「学ぶに値する教材」で,「こどもたちが歓迎するような樹
ぎゅ」だからなのでしょう。
◆淀井泉さんの「〈配膳式かるた〉というゲーム」
 かるたは,札を見つけて取るというシンプルなことなのですね。
つい大人は,あれこれしたらもっとよくなると思いがちですが,そ
うでもないのですね。
◆高野圭さんの「ひとりのようで,ひとりじゃない」
 高野さんの,子どもたちへの見方が変わったこと,そして次に引
用された板倉先生の文章がよかったです。この文章も何度も引用さ
れています。でも,やはりいいのです,確かに「いろんな子どもた
ちを好きになれる」不思議だけど,そうなんです。
松木文秀さんお「矛盾だらけでも」
 「溶けた」ということの実感を味わうために,前に出てきただい
ちくんを見て,冷や汗が出た松木さんの感性がすてきです。
 他の多くの方の文書を読んでも感じるのですが,文章だけを読む
とすごく若い人が書いてる気がします。で,そう思い,大会とか講
座でお会いすると,えっ,こんなにベテランの先生なのに,ドキド
キしたりすることがあるんだんナ〜と思います。感覚・感性が瑞々
しいと思います。
 先日松木さんの《ふりこと振動》の口座に出たのですが,子ども
たちがキズつかないようにとの配慮がすごかったです。
◆「私の研究史と発想法」板倉聖宣先生
 「創造性というのはぐう線に起こる出来事をいかに有効に活かす
かという能力によるところが大きい」という文章が良かったです。
いかに有効に活かすか,できているかナ〜と内省しました。
◆吉野さんの「天然物理生活」も,山田さんの「ありがタイなら倉
庫」もよかったです。

●中村 文(福岡・小学校)
◆〈集団の授業〉か〈能力別・個別の授業〉か?(山路さん)
 山路さんの資料がとても良かったです。私ガルベス君の「自分で
作る通知表」の文章を読んで,泣きました。だって,感想も一度も
書いたことなかったガルベス君が,こんな風に書いてくれるなん
て。
 授業書をやっている時ってそうなんですよね。子ども達が,生き
生きとしている。お勉強が苦手な子も,好きな子も関係無しに楽し
むことができるんです。ガルベス君もきっと,授業書を通じて「勉
強楽しい」と思ったのだと思うんです。
 資料の最後に〈集団〉か〈能力別・個別の授業〉か?ということ
でいうと,私は「子ども達と相談しながらやるかなぁ〜」と思って
いましたが,なるほど!「学ぶに値する教材か?」「子ども達が歓
迎するような授業かどうか」ですね!!
 そうか。確かに,学ぶに値しないことを嫌々やってもお互いつら
くなる気がします。(今,校内研究の授業がこの状態になってい
て,正直つらい……)
 とてもいい資料でした。自分の子ども達との関わり方を振り返る
事ができた資料だと思っています!!
◆授業でつながる(伴野さん)
 トコちゃん,元気で自分に正直な子ですねー笑!でも,トコちゃ
んとの関係でイライラした部分を読んで「私もそう思う
よ・・・。」と伴野さんの立場になっていました。私が自分のクラ
スにトコちゃんのような子がいたらどうだろう?あー,私怒りっぽ
いからきっと冷静になれずにむきゃー!!って怒っているだろう
なぁ……。
 でも,そんなトコちゃんが,実験結果を知るのが怖くて,でも結
果が気になって顔を半分出しているなんて!!可愛い!!もうこん
な姿をみると可愛くて仕方ないですよね〜。高学年でも,実験怖く
て顔を隠す子かもいますもんね。
 とっても手がかかる子がいると,「手がかかる子」で終わっちゃ
うことがあると思うんです。でも,伴野さんが資料最後に書かれて
いるように,仮説をしていると子ども達が本当に純粋に楽しんでく
れる&笑顔を見ることができるんです。これってステキな事ですよ
ね。仮説をしてるからこそ味わえる……というか。うん。そんな感
じです。だから,こういう子ども達の様子がみられるから「また仮
説やりたい!」って教師側も思っちゃうんだろうなぁって思いま
す。
 で,前の感想と話が戻っちゃますが,今の校内研究でやっている
授業は,本当につらい。子どもも私もお互い「ちーん・・・」と
なっています。

●飯田哲夫(山梨・教育委員会
◆1.山路敏英(明星大学)「〈集団の授業〉か〉能力別・個別の
授業〉か?」:大学生と一緒に考える
 山路さんのガルベス君のエピソードは本誌で以前読んでいて,記
憶が甦ました。それだけインパクトのある記事でした。
 今回,山路さんは改めてその問題を,〈個別(能力別)学習か集
団学習か〉という問題として,問題の背後にある重視されるべきも
のに気づかせてくれる記事に仕立ててくれました。
 さてこの問題も,「確かな根拠はないのに常識とされているこ
と」(編集委員会NEWS52ペ)という教育界にあるドグマのひと
つでしょう。
「文字が読めない子がいれば,まず個別指導でしょう」となる。
 しかし,この発想は徹底的に教師側,教える立場の論理であっ
て,教わる側は「文字を読みたい」という強い願いが根底にあると
既に見なされているわけです。
 たぶんガルベス君は「文字なんか,無理して覚えて読みたく
ねぇ」と思っていたでしょう(もし,そうでなければ自ら習得して
いるはずです)。
 ガルベス君のエピソードは,全く学習に興味関心も示さず,学校
そのものに抵抗していたがルベス君が授業書《ばねと力》を通し,
強い知的好奇心に転ずる場面がとても感動的です。
 この感動の根源には〈出自や,性,年齢,地位,能力に関わらず
全て人間は知的好奇心を備えている〉ことと,〈知的好奇心で対象
に向かう人間の純粋さと美しさ〉の二つがあるように思います。
 《ばねと力》は全ての人の知的好奇心を刺激し,考えたくなる問
題を系統的に配列しています。また,山路さんが「教えない」が貫
けたのは授業書に対する理解があったからです。
 もちろん,彼を変えたのは山路さんの人間としてガルベス君に誠
実に向き合う姿がその裏にありますし,授業書をガルベス君でも楽
しんでくれるだろう,そのためには読み書きを教えたいという情熱
があったことが重要です。
 ここに教材とは,教師とは,それぞれ何なのか,基本的で重要な
部分があるのです。が,この部分に対してやはり教育界は鈍感で
す。
 教育内容は教科教育の学者などが決めて,現場教師は効果的な教
育方法をさぐるという構造が変わらないといけません。この構造を
越えたところに板倉さんの発想があったのだと思いました。それは
そのまま,板倉さんの記事(本誌88ペ)につながります。
◆2.板倉聖宣(板倉研究室)「私の研究史と発送法」:偶然に起
きた事柄をどうキャッチするか(1)
 これまでの教育界の常識の構造を越えたところに仮説実験授業が
あり,私自身その実践を通して,教育の世界を根本的に捉え直し,
考えながら今日までやってきているのですが,生みの親である板倉
さんの発想が何であるかはとても興味深い事柄です。
 「多方面」がキーワードになっていました。
 「多方面のことに手を出したら,みんないい加減なことに」と危
惧する一方で,「多方面の仕事をやったから,かえって楽しく仕事
を進めることが出来た」と回顧します。
 この矛盾のなかにヒントが在りそうです。
 おそらく好奇心,興味関心というものは,「多方面」に広がりま
す。それを面白半分で追いかけて,雑多な知識を獲得しても,単な
る博学です。
 「いい加減なこと」に終始する。
 それを警戒しつつ,「研究においては明確な問題意識と勤勉で仮
説実験的な作業」を着実に進めることで成果をあげた,とわたしは
読みました。
◆3.松本文秀(高知・小学校)「矛盾だらけでも」:子どもと離
れずにやっていくということ
◆3.伴野太一(東京・小学校)「授業でつながる」:マイペース
なトコちゃんと私
 「子どもの学習態度や習慣の形成(規律・学びの作法・ルールと
マナー)の形成が先か,学習内容の面白さ(教材・学習材自体の魅
力・あるいは魅力的な配列)が先か」というのも「確かな根拠はな
いのに常識とされている」大きなテーマだと思います。
 常識で言えば,「学ぶ態度をしっかり身につけさせることが先行
する」となるのでしょう。大抵この方法で指導がすすめられると,
そこから落ちこぼれた数パーセントの子たちが,学級で立ち歩き,
他の学習を妨害し,「特別な支援の必要な子」と認定され,補助員
をつけたり,ケース会議を開いたりとなるのが実情なわけです。
 ここには「矛盾」があるわけです。
 松本さんも「自分だって矛盾だらけで,子どもを縛りつけてい
る。子どもの感性を平気でつぶしながら,子どもの心をかたるなん
てチャンチャラおかしな話だとも思う」と述べています。
 しかし,つくづく思うのは,仮説の教師は松本さんのようだし,
山路さんのようだし,伴野さんのようです。
 手のかかる子,はみ出す子,落ちこぼれた子たちに対して,心理
的(人間的)に関係を切らないですね。そして,その子たちの,素
直な面,純粋な面に,教師としての自分が学んで,より大きくなっ
ている。
 松本さんでは,手のかかる子たちが「子どもは,本当はみんなだ
いちくんのように,間近で目を引っ付けて見たいんだ。何メートル
もはなれているコップを見ても,「溶けた」っていう言葉が残るだ
けで,「溶けた実感」なんて味わえないんだ,と」いうことに気づ
かせてくれる。
 伴野さんでは〉「実験をします」と言うと,みんな近くで実験を
見るために席を立つのですが,トコちゃんは実験を見に前に来るの
かと思いきや,後ろのドアから出て言(ママ)ってしまったので
す。……トコちゃんが半分顔を出してこちらを見ています。そう,
トコちゃん,実は実験結果を見るのが怖くて怖くて,しかし,結果
が気になって,それで教室から出た」ということを気づかせてくれ
る。
 何で,仮説の先生はこんなめんどうな子に,よく気長につき合え
るだろうか,と常識的な教師は不思議に思うことでしょう。
 松本さんは「子どもと離れずにやっていける,それを喜びとして
やっていける」と語ります。
 伴野さんは「大変なことも多いですが,そんな彼女ににも「感謝
できることがある」ということが,私とトコちゃんをつないでくれ
ている」と語ります。
 このような教師でいられるのは,〉仮説実験授業は誰でも再生可
能になっているので,誤解の余地はない(90ぺ)〉という仮説実
験授業の成果を実践のなかで何度も確認できているからだと思いま
した。

●市原辰徳(東京・小学校)
◆11月号特集テーマ「集団がいい?個人がいい?」について
 今,すごく注目されているテーマの一つではないかと思います。
誰にとっても学習しやすい環境をつくろうということで,ユニバー
サルデザインというのがやたらとりあげられていたり,特別支援教
育の充実なんてのが言われていたりします。結局のところ,何がい
いのかなんてのは,しっかりと議論されているわけではないのに,
なんとなくのはやりでみんながそれぞれ口にしている今の現状。
「あの子は通常学級でやっていけないから,特別支援学級に行くよ
うに進めるべき」ということを校内の会議でも言われることがあり
ますが,どう考えていいのやら迷います。
 そういった意味でも,今回は非常に深いテーマだと思いました。
こんなふうにうまくいかないことがほとんどかもしれませんが,教
師や子どもや親にとって,何が一番大切なのかを改めて考えてさせ
られる内容でした。
◆「〈集団の授業か〉〈能力別・個別の授業〉か」山路敏英さん
 読んでいて,感動しました。涙が出てきました。教師として,人
としての喜びは,こういうことなんだという原点を教わった気がし
ました。
 何もできないからこそ,自分をアピールするために,ケンカやイ
ジメや反抗をしてしまう。きっと,こうするしか存在価値を示す方
法がなかったのでしょう。
 だけど,その方向が授業に向いたとき,人はこうして変わってい
くんだということを実感しました。
 そのきっかけをつくったのは,山路さんの「一緒に字の勉強をし
てみないか?」という言葉でした。
たいていは,「あの子はダメだから,親に連絡するしかないとか,
特別支援学級につなぐしかないのでは……」という方向で話が進ん
でしまうような気がします。そして,漢字も全然読めないのに,
「オレが読む!」というガルベス君。こういう意欲を引き出すこと
こそが,決定的に大切なんだと思います。できないからこそ,でき
たときの喜びが大きいということも実感しました。
 最後のガルベス君の感想。「見捨てないで,見守ってくれてあり
がとうございました」こういう気持ちをもってくれていたというこ
とが大きな感動でした。さらに,その後に続く板倉さんの文章は見
事でした。「この授業がクラスという一つの社会の民主主義的な発
展のプロセスとなっているからです」というところは,まさに神業
だなと思います。これをなし得るのは,仮説実験授業以外にあるの
でしょうか。
 今回の山路さんの記事は,大事なことが網羅されていてすばらし
いです。
◆「授業でつながる」伴野太一さん
 こういうわがままな子がいたとき,自分だったらどうやって対処
するだろうなぁと考えながら読み進めていました。ムカつくことを
してきたら,逆にムカつかせてやりたくなってしまうなぁと思って
しまいます(笑)
 記事の中で,トコちゃんにイライラしつつ,だけど漢字はやって
るところや,《ものとその重さ》の授業で,実験結果をドキドキし
ながら見ているところなど,そういうところを逃さず見ていて,自
分もそういう子がいたら,どういう視点で子どもを見るかという参
考になります。
 大変な子,手のかかる子だからこそ,感謝できることがある。普
段はきっとそんなふうに思えないけど,もしかしたらという気持ち
を頭の中でもっているだけで,何かを見つけることができるかもし
れません。
◆「〈配膳式かるた〉というゲーム」淀井泉さん
 カルタというもののとらえ方も多様にあるという発想は,今まで
ありませんでした。とにかく見つけて素早くとる!これがカルタだ
と思っていました。だけど,その前段階にある,「カルタを見つけ
るたのしさ」というのは,なるほどなぁと感じました。見つけてと
るというのは,一つの過程かと思っていましたが,確かに2つの作
業があるんだなぁと気づかされました。誰にとってもたのしめる
ルールを考えることはとても難しいことで,大発見だと思います。
 普段の授業の中で,速さとか点数とか,そういった価値観では
かってしまっているようなところも大きいと思います。淀井さんの
記事で,違ったものの見方や考え方の重要性を教えてもらった気が
します。
◆「ひとりのようで,ひとりじゃない」高野圭さん
 ぼく教師1年目のとき,仮説実験授業をやるにあたって,《自由
電子が見えたなら》の実験道具セットを借りて,子どもたちとたの
しく授業をしたことを思い出しました。
 仮説実験授業研究会の場合は,具体的な教材や授業書があり,す
ぐにマネできるというところが,何よりも素晴らしいことだなと感
じます。
 たいていは,本を読んだり指導案を見たりしながら,自分なりに
かみ砕いていかなきゃならないのかもしれません。高野さんの記事
を読んで,改めてそんなことを考えました。
◆「矛盾だらけでも」松木文秀さん
 松木さんの記事を読んで,ハッとさせられました。〈ちゃんと進
めない能力〉はダメだという常識にとらわれている自分に気がつき
ました。
 「子どもの感性をつぶしながら,子どもの心を語るなんてチャン
チャラおかしな話だと思う」というのも,確かにそうだと思いまし
た。
 できる・できないということにしばられるのではなく,もっと大
切なことを忘れてはいけない。そんなふうに思いました。
◆「私の研究史と発想法」板倉聖宣さん
 「自分の仕事の範囲をできるだけ縮小することを意図してきた人
間なのです」という考えから,「多方面の仕事をやったから,か
えって楽しく仕事を進めることができたと思うようになっている」
というのは,とても面白いなと思いました。
 「仮説実験授業を「提唱した」だけでなく,「その研究組織のあ
りかた」についても研究して,「仮説実験授業研究会」という独自
な組織も作り上げるのに成功してきたのです」というのも,なるほ
ど〜!と頷いてしまいました。それが今の研究会にいかされている
というのを,いろんな場面で感じます。続きのお話が楽しみです。
◆「日本の人口は減るのか」竹田かずきさん
 竹田さんのグラフシリーズ,とてもたのしみです。なんとなく,
テレビやニュースなどから聞いたような情報で,「最近,○○が
減った」とか「多くなった」とか,そういったことを思うことがあ
りますが,実際のところはどうなのか,その具体的な内容は分かり
ません。
 こういう詳しいグラフで予測していくことで,改めて見えてくる
ものってあるんだなぁと感じます。
 最後に書かれている文章もまたいいですね。「なんとなく,暗く
捉える人が多いように感じます。しかし,明るい要素もあるはずで
す。分からないからこそ,仮説・実験していくしかないのではない
でしょうか」というところです。
 どうなったらいいのか,悪いのかなんてのは,誰にも分からな
い。だからこそ,過去から学んだことを現在や未来にいかしていく
ことが大切なんですね。

●北村知子(長野・中学校,理科)
◆1.私の研究史と発想法
 大変興味深く読みました。中でも,出されないはずの博士論文を
出された顛末がおもしろかったです。そこに出てくる板倉さんの理
解者,高橋秀俊先生がロゲルギストの一員であることも興味をそそ
られた一因です。私は学生の頃,ロゲルギストの『物理の散歩道』
が面白くて,次から次へと大学図書館から借りてきて読んでいたの
です。その高橋先生の息子さんが信夫さんだったのか〜,と色々な
ところでつながりました。11月号の続編を早く読みたいなあ。
◆2.〈集団の授業〉か〈能力別・個別の授業〉か?
 特別支援学級では国語・数学は個人の能力差が大きく,個別に進
めています。その子供たちが同じ土俵に立って意見を述べ合い,実
験を楽しめる授業が仮説実験授業です。4月から《もし原》《燃
焼》《足は何本》《自由電子》と楽しんできました。授業参観に来
たお母さんたちが,子供たちが数学などの能力差とは関係なく同じ
位置で意見を言い合っている姿に感動したと言っていました。仮説
実験授業ってすばらしいなあと思います。
◆3.日本の人口は減るのか
 疑問に思ったことを次々とグラフにし,未来を予想していくかず
きさんに思わず拍手! かずきさんの考え方とシンクロしていく
私。
◆4.高野さんの「ひとりのようで,ひとりじゃない」もとてもよ
かったです。仮説を始めたころの自分を思い出しました。

●伴野太一(東京・小学校)
◆「矛盾だらけでも」(松木 文秀)
 読みながら,人ごとながら大変だな〜と思ってました。松木さん
は,だいちくんやゆうくんに怒りながらも,とても落ち着いた対応
をされているけれど,オレだったらすぐブチきれるだろうなぁ…と
思いました(笑)。普段の授業ならまだしも,こっちが特に楽しみ
にしている仮説をジャマされたら,普段よりもはるかに怒ってしま
うなぁという自分です。だから仮説のときは自分でも怒る迫力が全
然違うんです(^^;)
松木さんの最後のページの言葉がとてもしみましたぁ「〈ちゃんと
進めない能力〉があるんだから,その素晴らしさを今のうちに味
わって欲しい,と思った。そして,「自分のどの能力を守っていく
のか」は,そのときに出会った人たちに影響されるのかも,と思っ
た」ということです。松木さんもきっとそうだと思うのですが,オ
レは仮説に出会えたから,それで守れた能力があるんだなぁとこれ
を読みながら痛感しました。自分の力で守っているだけでなく,
やっぱり出会った人々の影響を受けての自分でもあるんだなぁと思
いました。
◆「〈集団の授業〉か〈能力別・個別の授業〉か」(山路敏英)
 この資料は最初に出されたときも含め何度か読んだことがあった
のですが,何度読んでもそのときどきに感じることがあり,学ぶこ
とがあり,本当にイイ資料とはこういう資料なんだなぁと思いま
す。前にルネサンス高校ができたばかりの頃,「いつかパソコンの
画面を通じて学校に行けない子や,遠くに住んでいる子同士が仮説
実験授業ができないかを考えている」という話を聞きました。その
時,他の人はどういう反応だったか覚えていませんが,オレは「そ
りゃあなんだか違うなぁ」と感じたのを覚えています。授業ってい
うものが,みんながいる中でやる意味みたいな物は,仮説実験授業
から少しずつ学んでいる気がします。いろんな考えの子がいて,い
ろんな学力の子がいて,その中で怒るドラマみたいなものは,やっ
ぱり生身の人間関係で生まれてくる物だろうなぁ〜と。
 とまぁ,わかったようなことを書いていますが……。この資料を
読むと,問題文を読むガルベス君に授業中泣いてしまう山路さんの
ところが,オレはとても泣けてきます。山路さんっていつも静かな
のに,ドラマとか映画とか全然見ないのに,しっかりいつも感動し
ている(失礼か(笑))そんな所が,とってもステキだなぁと思い
ます。
◆「〈配膳式カルタ〉」(淀井 泉)
 この資料を読んで,さっそくうちのクラス(小3)でもやってみ
ました。そしてそのスゴさに驚きました。これまで淀井さんに教え
てもらった〈カルタでビンゴ〉はやったことがあるのですが,究極
の配膳式カルタは果たして……と思っていました。けれど,子ども
たち全然それで満足&盛り上がりでした。うちのクラスではカルタ
と言ったらモルカなのですが,一部のマニアック化した子たちが強
すぎてフツウのルールでは全く楽しめなくなっていたのでした(贅
沢な悩みか??)。でもカルタでビンゴや,今回の配膳式カルタで
はまさにみんなが楽しめる画期的なルールでした。配膳をして私が
すべてのカードを読み上げるわけですから,当然最後にはみんがあ
がり!なのですが,最初は「班で誰が一番に上がるかな?!」なん
て競争している子でも,自分があがると他の子を応援し始める。今
度は同じ班の子があがるのを楽しみに見ているんです。そしてなぜ
か,最後の一人があがると全員で喜ぶというそんな現象が起きまし
た(みんなあがるのは当然なのに…)。まだ幼い3年生だからかも
しれませんが。
 それとこの資料には,〈人の仕事を評価するという仕事の重要
性〉を感じました。淀井さんのように,優れた仕事を見つけ出す人
もまた優れているなぁ〜と思いました。
◆「ひとりのようで,ひとりじゃない」(高野 圭)
 この資料も前読んだのですが,高野さんという人間の行動力に脱
帽です。モルカとモルQを同時に「8個ずつ」注文するという行為
がケチの私には尊敬に値します(まぁ高野さん一人暮らしだしって
のもあるけど(笑))。しかも高野さんは今年も何度昭島のサーク
ルに来たことか……それも北海道から。愛する高校生のために,そ
して自分の楽しさのために時間もお金も労力も惜しまない若者高野
圭に負けてはおられん!と思いました。
 あと高校生が授業中に3人寝てへこんでいる高野さんが面白かっ
たです。小学校の教師である私からすれば,毎日耳がトレそうにな
るくらいの騒音の中での生活なので,授業中寝ていてくれるなんて
とてもありがたいことだと思いました。授業がつまらないとき,騒
がず大声出さずに静かに座っていてくれるんですから,ありがたく
ないんでしょうか(笑)立場が違うと悩みも変わるんですね。



編集委員ではありませんが

●松田心一(鹿児島)
◆山路「集団の授業か・能力別個別の授業か?」
 授業について語るとき,その教材が学ぶに値することなのか,授
業の方法が子どもの立場で貫かれているのかがもっとも重要なこと
であることを実証してきた仮説実験授業。もう明白に証明済みだと
私は思っているのですが。そうしたことを中学生の授業記録を使っ
て大学生と考えあい,大学生に伝えているこの山路さんの記事は,
とても深い味わいと感動をもたらしてくれました。授業記録の使い
方―という授業の方法論も提案 していると思います。
◆板倉「私の研究史と発想法」
 板倉さんの「創造性というのは,偶然に起きる出来事をいかに有
効に活かすかという能力によるところが大きい」という言葉に,ソ
ウニチガイナイナ〜と全然創造性なんてない私でも合点。よくノー
ベル賞や科学者の偉大な功績が,ちょっとした偶然の発見から始
まったということは例を挙げればキリがないことでしょう。と,ド
素人の私でも気付いていることですが。ここ数か月前から調べたい
ことがあって板倉編集代表の『理科教育史資料』をナガメテいるの
ですが,板倉先生の仮説実験授業以前の研究の幅とその深さにアラ
タメテ“ビックリポン” 以上の感銘を味わっています。(流行語で
板倉先生のお仕事を評価するなんて,失礼甚だしいと思いつつも)
◆吉野「天然物理生活」
 「自分が‘物理’をまったく何もわかっていなかったことを知った
のです」に,昔の自分を思い出しました。私なんかと違って大学院
で物理を学んでいる人でもそうなのかと,あらためて仮説実験授業
のスゴサを考えました。大学院生に授業された塚本さんのも‘アッ
パレ’を差し上げましょう。板倉さんの言われる「授業書は既存の
学問体系をつくりかえる(ほどの研究成果が必要)」ということを
示唆していれる内容ですね。
◆山田編「新しい見方・考え方を」
 「教育において,押しつけ的にならない研究を特に強化しなけれ
ばいけない」という板倉さんの言葉。定年退職をしてもかつて教育
に携わった一人として,仮説実験授業によって押しつけの恐ろしさ
を体得させてもらった者の一人として,今後のやるべきこと,生き
方への提言といったものを感じました。やりたいこといっぱいあり
そうですね。
◆池上「コロコロリングをつくろう」
 2ε年前,サークルの例会で宮脇洋さんが紹介してくれました。
そのとき私一人が〈必ず成功するコツ〉を見つけられずに終わった
ように思います。一昨日,不登校の中学生2人と作ってみました。
作る前に口上などもマネテ関心を持ってもらったのはもちろんで
す。
 2人とも楽しんでくれました。ふれあい教室(学校外の不登校
の部屋)でのお土産となりました。『たの授』掲載時のものづくり
をやったのも数年ぶりでした。
◆佐藤「かわいがる?応援する?」
 子どもたちは教師の表情や態度を敏感に察知していることに気付
いた佐藤さん,素晴らしいです。私も全くそう思います。教師なら
同じような体験が誰でもあるのでしょうか。イエ,私にもあります
ね。そうした体験から自分の醸し出す雰囲気に気付くことは,教師
業には大切な気がします。だから犬塚さんの言われる「笑顔で仲良
く元気です」は,教師にも大切なスガタ(オーラ?)だと思いま
す。
 
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ます。弊社発行の月刊誌『たのしい授業』や書籍をお読みくださっ
ている読者のみなさまや,仮説実験授業を実践,あるいはこれから
実践してみたいと考えている方などに,弊社の新刊情報を少しでも
早くお知らせできたらと思い,このようなメールマガジンを発行し
ています。そのほかにも,『たのしい授業』の情報,新しい実験器
具やおもちゃの情報もいち早くお伝えできればと思っています。当
メールマガジンへのご要望などございましたら,下記メールアドレ
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